スペシャルディナー

古い友人が、アメリカに旅たつ前にとディナーに誘ってくれた。その友人とは、私が大学卒業して日本に帰ってきた直後に別の友人を介して出会った。初めて二人で食事に出かけたとき、あまりにも緊張しすぎて、何を食べたかもろくに覚えていない、今までにないくらい疲れた覚えがある。その理由は、彼の目が見えないこと。親しい人の中で、そういう人がいたことがなかった。とにかく、どうしてあげないといけないのか、どうしてあげなくていいのかわからない。歩く速度、曲がり角、階段、椅子に腰掛ける、お皿や飲み物の位置、トイレの場所。何一つ、どう伝えればいいのかわからない。緊張して、すごく疲れて、正直楽しいとは言えなかった。私の周りには、どうしたらいいのか知っている人なんていなかった。彼はとても話しやすくていい人だったので、正直に聞いてみることにした。

「ぼくだって、花火や映画を見に行ったりするよ」といわれ、「見る」という動詞をつかっていいのだと知った。歩いていてどういうときに言葉が必要か、教えてもらった。でも、やっぱり心から楽しいというふうに思えなかった。何回か会ってそれからしばらくして会わなくなってしまった。

久しぶりに彼から連絡が来たとき、どうしようかと考えた。彼は、人の気持ちに敏感な人だったので、自分の気持ちを知られてしまうのが怖かった。そして、決めた。今日は、気を使うのをやめよう。へんなことを言ってしまったとしても、そんなことで嫌うような人じゃない。歩いている時に、人にぶつかっちゃっても人のこと責めたりしない。とにかく、いつもと同じ、おしゃべりとお酒とおいしい食事を楽しもう。その日、私はとても楽しかった。初めて、二人一緒にいる時間を普段と同じように楽しむことができた気がする。彼とは、おいしいものを探して食べに行く、というのがパターンになった。

今日は、ホテルオークラのフレンチ。道に迷ってたどりついたレストランで暑かったので上着を脱ぐと、脱がないでくれと言われた。ドレスコードってやつだ。メニューに値段はついていない。メニューに載っているものも、載っていないものもなんだかとにかくいっぱい出てきた。料理はとってもおいしかった。たぶん、自分から行こうとは考えなかったように思う。こんなふうにおいしいものを一緒に探して食べにいける友人がいるのはとても幸せだ。